浜田の泊り屋
宿毛市山奈町にある「浜田の泊り屋」(とまりや、別名やぐら)は、中世~近代の日本、特に西日本に見られた風習=“若衆組”(わかしゅうぐみ)の拠点となった建物です。
若衆組とは、農村・漁村などの集落の若者が寝泊まりしながら警備や集落の運営などを学んだ集落経営のシステム。もともとは戦国時代の一村一域(いっそんいちいき)の頃、見張りのために立てられた“やぐら”が起源だといわれており、かつては幡多各地に180カ所もあったということです。しかし、明治の末頃、風紀を乱すなどの理由によってつぎつぎに取り壊さ...
宿毛市山奈町にある「浜田の泊り屋」(とまりや、別名やぐら)は、中世~近代の日本、特に西日本に見られた風習=“若衆組”(わかしゅうぐみ)の拠点となった建物です。
若衆組とは、農村・漁村などの集落の若者が寝泊まりしながら警備や集落の運営などを学んだ集落経営のシステム。もともとは戦国時代の一村一域(いっそんいちいき)の頃、見張りのために立てられた“やぐら”が起源だといわれており、かつては幡多各地に180カ所もあったということです。しかし、明治の末頃、風紀を乱すなどの理由によってつぎつぎに取り壊さ...